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この人

遠州七不思議

遠州とは、東遠(御前崎)、中遠(磐田)、北遠(天竜・春野)、西遠(浜松)を指し、各地に伝説は散在しています。
約100もの不思議の中で、代表的なものとしては
1、小夜の中山夜泣き石(掛川市)2、桜が池のおひつ納め(御前崎市浜岡町)
3、京丸牡丹(浜松市春野町)  4、無間の鐘(掛川市東山 栗ケ岳)
5、遠州灘の波の音(御前崎町?新居町) 6、三度栗(菊川町)
7、池の平の幻の池(浜松市水窪町) 8、霧吹き井戸(掛川市三沢)
9、子生まれの石(牧ノ原市西萩間 大興寺)10、能満寺のソテツ(吉田町片岡)
11、片葉の葦(菊川町、浜松市頭陀寺 藤吉郎鎌研池)
12、天狗の火(御前崎市) 13、清明塚(大須賀町) 
以上の中で、「7つ」が様々な組み合せで伝えられています。中でも1?5は有名ですが、以外は説により入れ代わって紹介されています。


遠州灘の波の音伝説「海坊主伝説」(浜名湖の西岸の入出周辺)
波の穏やかなおぼろの夜、漁師の二人が帰港しようとした時、突然湖中から怪物が出現した。勇気を振り絞って血みどろの格闘をし、櫓を取って怪物を殴殺しようとしたところ「私は浜名湖の主『海坊主』。命はお助け下さい。お礼として漁師に一番心配な雨と風と湖の荒れることを波の音でお知らせします。遠州灘の波の音が西(西南)から聞こえる時は翌日は晴天、東(南東)から聞こえる時は雨天になります。極端に東へ寄ってゴーゴーいう音が聞こえたら「大時化」になります」と言った。この時から怪物(海坊主)
は約束を律儀に履行しました。入出の漁師たちは「漁」にでる前には必ず遠州灘の波の音に耳を傾けてから出漁するようになりました。(遠州七不思議より)



池に平の幻の池伝説「おかわ御前」(浜松市天竜区水窪町)
おかわ御前は、久頭合城主奥山民部少輔貞益の後室。享禄元年(1528年3月3日)、
久頭郷城が落城の日に城から逃れて水窪川を横切ろうとする。しかし、一才と三才の子連れのため、思うように川が渡れなく、一才の子を川に投げ、三才の子を背に池の平まで逃げるが、子連れではとても逃げ切れるものでもなく、池の平近くで敵の兵に追い付かれ、身の危険を感じて草の中に隠れた。ところが、子どもが泣き出しために敵の兵に見つかり、草を刀で払いながらせまられ、とうとう草と一緒に払い殺されてしまったという。その時の涙がたまって池となったという。(広報みさくぼより)




春野の伝説「京丸牡丹」(浜松市天竜区春野町)
ある年のこと、京丸の里に気品のある若い旅人が迷いこんできました。その旅人は、里長の家でしばらく暮らしていましたが、その家の娘で美しく気立てのやさしいことから、里の人々から牡丹姫と呼ばれていた娘と親しくなりました。しかし、里のおきてでは他国の見知らぬ旅人と親しくすることは禁じられていました。そのうちに、里長の家に暮らしていた旅人と牡丹姫の姿はいつしか京丸からみられなくなっていました。その後、里人の話では、二人は気田川の流れに身を投したと言われています。それ以来、二人の命日とされた日が近づくと、川の流れにそって里に運ばれてきた牡丹の花びらを多くの里人が見たということです。(ふるさと春野の伝説より)



片葉の葦伝説?「藤吉郎鎌研池の片葉の葦」(浜松市南区頭陀寺町天白神社)
伝説の地は「鎌研池」です。少年(幼少)の頃は日吉丸。成人して木下藤吉郎。織田信長にその能力を買われて「羽柴秀吉」と栄進する。信長の死後、その大志を継承して「天下人」になり、朝廷より「豊臣」の姓を賜与されました。「日吉丸」と呼ばれている時代のお話です。秀吉少年は、よく働き、骨身を惜しまず精励恪勤した。毎日の仕事の一つとして、草刈りに出た。草を刈る前にはいつも屋敷の近くの池で鎌を研いだ。研きあがるとその切れ味を試すべく、あたりの葦を片端から切り払った。しかも、狙いすまして片方ばかりをそぎ落としたので、この辺りの葦はみんな片葉になってしまいました。(遠州七不思議より)



片葉の葦伝説?「望郷の葦」(浜松市西区入野町側佐鳴湖)
入野側の岸辺の葦は「望郷の葦」と呼ばれ、葉が、片方だけつき、それぞれがそろって北へ向いています。向いているその北とは、旧神久呂村、現在の神ケ谷町。この葦たちは、神ケ谷町で生まれたが、故あってそこを離れ、湖面を流れて入野の地、その岸辺にたどり着き、
風に揺れている。帰心は消えるどころか、一層募るばかりで、いつの間にか葉はすべて片側に寄り、一心北に向かってそよいでいるのです。(遠州七不思議より)



片葉の葦伝説?江之島町男女の悲恋物語(浜松市南区江之島町)
昔、ここの土地に、長旅で疲労困憊の極、行きくれた一人の若者がたどり着いた。若者は、村の長者の家に宿を求めた。主人は快く若者を迎え、家の者は懇ろに温かくもてなした。旅装を解いたまま、日一日と時は流れた。若者は、都の貴人の子で、風雅を愛し、尺八をよくした。長者の家には、ひなには稀な美しい娘がいた。琴をつまびくのが上手だった。若者は尺八を吹いた。娘の琴の音色は心を打った。二つの音は響きあい、よく和した。その妙なるハーモニーはやがて恋の歌になるのに時間はかからなかった。都に知れるところになり、使いの者がやってきた。やむなく、若者は都ヘと去り、残された娘は、悲しみの果てに近くの池に身を投じた。以後、池の畔に生える葦は、娘の恋のうらみをうつして片葉となり、都に向かって悲しくそよいでいます。(遠州七不思議より)


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