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地域言い伝え

家康の散歩道を行く シリーズ 3

第3回『家康の正妻*築山御前のお墓−西来院−』

西来院は普済寺14ヶ寺といわれる普済寺末寺の筆頭にあたるお寺で、普済寺の西300メートルのところにあります。普済寺と同じ正長元年(1428年)に普済寺開創の華蔵義曇和尚の弟子である月窓義運が開山しました。西来院の正式名称は「高松山西来禅院」といいます。

太平洋戦争で焼失しているため、現在の本堂はちょっと洋風の建物です。

このお寺が有名なのは、家康の正妻である築山御前のお墓があることです。
天正7年8月29日、岡崎城(愛知県)から浜松城へ向かう途中で殺害され、ここ西来院に葬られました。

また、築山御前のお墓の左隣には、家康の異父兄弟・松平源三郎康俊のお墓があります。

築山御前のお墓は月窟廟といわれ、戦災のため焼失していましたが、昭和53年の築山御前400年忌に復元されたそうです。
その他、江戸時代の浜松女流家人・杉浦真崎(国学者・杉浦国頭の妻)や森繁子(五社神社神官の娘)のお墓などがあります。

広沢の住宅地にこんな広大な森があるのかと思えるような境内で、野鳥の楽園になっているようでした。
長藤の名所ということでしたが、その季節に行かないと見れませんよね。


BY 高丘店 杉山

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