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地域言い伝え

東海道浜松宿弥次喜多ウォーク 1

1、旧笠井街道入口=浜松宿と当時の流通の中心笠井を結ぶ唯一の街道です。
月2回開催されていた笠井の市には豊橋からも商人が来る程賑わっていました。
旧東海道を浜松方面から行きましたが馬込川を渡りすぐの所に馬場メガネさんがありその角に碑が建っていましたが最初なかなか見つける事が出来ず近くの方に聞いてやっと場所がわかりました。
向い側には旧掛塚街道入口の碑が建っていたので掛塚に続く 道が此処からだったんだぁと思ってつい写真を撮りました。

2、馬込川地蔵尊=馬込川は水量が多く、身投げをする人も多かったようで地元の有志が人々の供養の為「町内安全、諸人快楽、水死人成仏」と刻んで供養したそうです。
近くの方に聞いた話しですがこの地蔵尊は前は松江にあった時があり区画整理で元々木戸にあった事から今の場所に移ったと言っていました。
地元木戸町の神様も祭られていました。

3、夢告地蔵尊=元々は江戸末期に流行したコレラで亡くなった人々の霊を祀る為に建立された地蔵尊です。
土中に埋められていたもので町民の夢枕に出て助けを求め、町民たちの手により掘り出されお堂に安置されたという地蔵尊です。
場所は新町公会堂の横にあります。

4、万年橋=東海道が新川をまたぐ橋が万年橋です。かつては石造りの太鼓橋で長い年月に耐えられるようにという思いから命名されました。
明治にはいってから平坦な橋に掛けかえられました。写真を撮った場所は赤電の第一通り駅から少し北に行った所です。

5、秋葉街道大鳥居跡=東海道から秋葉山への分岐点がかつてこの地にあり、目印のように秋葉道随一の青銅製の大鳥居があり、名物になっていました。
昭和17年に解体され今はその姿はありません。
現在のビオラ田町のある所です。













東海道浜松宿弥次喜多ウォーク 2

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