姫街道を歩こう Part1
11月2日(日)に博物館主催の見学会「姫街道を歩こう」に行って来ました。
天竜浜名湖鉄道線「気賀駅」に10時集合で遠州鉄道「自動車学校前駅」迄の姫街道おおよそ12キロを「姫街道と銅鐸の歴史民族資料館を見学したあと松並木や史跡を見学しながら歩きました。
「佐鳴八景」「二俣城址と内山真龍資館」に継ぐ第三弾で三回ともの参加者は私だけでした。
歩くには良い季節で天候も良かったので汗ばむ程でした。
ウォークの前に気賀宿を少し歩いたので最初にそちらを紹介します。
気賀駅より北西辺りにNTTの建物がある場所が気賀宿本陣跡です。
正明寺の門は後から出てきますが長坂手前の廃寺になった宗安寺から移築されたものです。
西側境内を犬くぐり道が通っていたそうです。
獄門畷は徳川家康が遠江征服のために堀川城攻めで殺された人達が遺体をさらされた所です。多くは地元の人達で女、子供も含め気賀の半数が殺されたと言われています。
堀川城跡は姫街道より南の浜名湖の方にあります。気賀宿は気賀駅西側の升形石垣のある所から関所がある所迄が宿場町でした。
本陣前公園は姫街道象徴で造った公園らしいです。細江神社東側に気賀近藤家の陣屋がありました。
今、小学校があり近くに椎の木と庭がある辺りと広いお屋敷だったようです。今から約五百年前明応八年と永正七年に大地震があり浜名湖と遠州灘を結ぶ今切れ口が開き浜名湖は塩水の湖になったそうです。
この時の津波で新居町にあった角避比古神社のご神体が流され漂着したのが気賀の赤池という所で地元の人はご神体を祀り気賀のお天王様と呼び信仰しました。
細江神社は地震の神様です。気賀宿と関所を守る要害堀があります。気賀関所の一部が残っている市指定文化財です。
今は屋根の一部ですが昭和35年迄は残っていたそうです。これまでをPart1とし、この先はPart2になるのでお楽しみに…。
高丘店 杉山
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