家康の散歩道を行く シリーズ?
第4回『家康の身代りのお墓「宗源院』
「宗源院」は普済寺14ヶ寺といわれる普済寺末寺の1つで、普済寺の西750メートル(西来院の西450メートル)のところにあります。
正式には「宝蔵山宗源禅院」といいます。
開創は在天雲和尚で応永23年(1416年)といわれています。
お寺を興したのは吉良氏。忠臣蔵で有名な吉良上野介の一族です。今川氏の庇護を受けていたようで、今川義元、氏真の版物があり、浜松市の文化財になっているそうです。
お寺の名前を刻んだ石柱の横から石段を上がって正面が本堂。本堂の手前を左手に行くと墓地となりますが、本堂と墓地の間の細い路地を進むと一般墓地と異なった古いお墓の一角に出ます。
成瀬藤蔵正義、外山小作、遠藤右近など三方ヶ原の戦いの戦没者の墓があります。家康のところまで武田軍が攻めてきたとき、身代りとなって家康を救った忠臣だったそうです。
その他には、江戸時代の浜松城主・松平伊豆守信祝の娘・多世姫の墓などもありました。
宗源院の東南一帯には「的場ヶ丘」といわれるところがあり、家康が弓の稽古に励んでいたそうです。
BY 高丘店 杉山
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:













