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石川倉次の碑

浜松市出身の日本点字の創始者です。

浜松市立中央図書館の玄関前庭に昭和5年浜松の人々によって建立された記念碑碑があります。
安政6年(1859)浜松城の北西にあった武家屋敷、名残組屋敷(現在の鹿谷町)で生まれました。

幼い頃は魚釣り、蜆取りに富塚方面によく行って、手習いに通い漢籍、西洋の砲術、英語まで習い成績は抜群だったそうです。

明治8年(1875)小学校の教員になり一時新聞社へ転職を考え退職しましたが志しを果たせずその後また教員になり、国語、国学の研究に熱中しました。
明治19年1月小西先生(当時官立楽善会訓盲唖院掛専務として新しい盲唖教育の基礎作りをしていた)と出会った事から日本点字研究を明治21年から本格的に開始されました。

ブライユ点字を日本点字に翻案する努力をしていき明治23年11月1日3点2行の6点点字としての日本点字の完成をみたそうです。

視覚障害者の為に日本点字の研究と発展に対しての功績により数々の顕彰を受けてます。
点字の作られた経緯を知り今まで何気なく点字を見ていましたが完成される迄には大変な研究があった事を知りました。

高丘店 杉山

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