被災地の新聞販売店 その2

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日は塩釜市の内海会長のところへ訪問しました。


 
 

内海さんの店は港からも近く、津波の被害を受けたところです。本店は床上浸水ですが、支店は2階まで水に流され、店長もお亡くなりになりました。

 
 

当日の写真を見せていただきましたが、店舗の外に車が3台壁や電柱にぶつかり津波の威力の凄さがわかります。

 
 

店は地面より一段高く、また機密性も高かったため、床上浸水程度で済んだのだそうです。3ヶ月たった今ではすっかり店内は元通りになり、被害の面影は残っていません。
 
 


「津波に流された車が凶器となり、建物を次々とつぶしていった。この地区は以前から地震があったら津波の被害が出ると言われていた。10ヶ月くらい前にも地震があり、そのときは皆、高台に避難したけど何もなかったことから、今回油断して逃げなかった人が多かったようだ」
 
 


「洪水のときは水が早く引くのに、津波のときは瓦礫と一緒のためマンホールなどが詰まって中々水が引かなかった。トラックも途中までしかこれず、配達もできなかった。」


 
「震災翌日の新聞は後になってから欲しいという人が多かった。配れなくても必ず保存しておいたほうがいいよ。」


 
「ボランティアが黙々と働く姿には本当に感激した。助かった。」
 
 
 

「訪ねてくれた人に今は素直にありがとうと言えるが、最初のころはとても言える心境ではなかった。」

 
 


支店はこのまま閉店し、しばらくは本店だけでやっていくそうですが、やっと先の目処が立ってきたことから、前向きな気持ちにもなってきたのだそうです。

 
 


最後に訪問したのが福島市の三宅店。

 
 


「福島市は原発から60キロ離れているが風向きの関係からか、周辺よりも放射能の数値が高く、すでに5000人くらいが自主的に避難しているようだ」
 
 
 


「特に医者がいなくなって、個人病院など休業しているところも多く困っている人もいる。特に小さな子供を抱えているお宅は今後どうすればいいか悩んでいるようだ。」

 
 
 
 
「でもこういうときこそ頑張ってやらなきゃしょうがない。」

 
 

岩手や宮城とは違い、原発で先が見えない福島では何を言っていいのか、元気付ける言葉も見つけられませんでした。

 


 
 

今回、実際に被災地を訪問して得られるものは多かった。
予想以上に復興が進んでいると感じる反面、収束のめどの立たない原発が最後まで重荷になり、福島だけが取り残されるのではないか。 


 
 


ともかく早く復興することを祈るばかりです。

 
 


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